日比谷野音100周年記念事業ロゴ決定!
この度は御意義ある事業に微力ながらお役に立てて
たいへん光栄に存じます。
私事ですが1923年、大正12年は父の生誕年でして
感慨深さが応募動機の1つになっております。
造形については、発信と集中の地
何よりオープンエアの空気感、爽快感を
想起させるに腐心いたしました。
イベント成功と次の200周年に向け
増々の盛況をご祈念申し上げます。
たくさんのご応募ありがとうございました。
引き続き、日比谷野音100周年記念事業をよろしくお願いいたします。
日比谷野音100周年記念事業
実行委員長 よりご挨拶
日比谷野音が2023年に100周年を迎えます。
2023年の4月のオープニング・セレモニーから、11月のクロージングまで
野音という都会の中の野外ステージで、さまざまなコンサートやイベントが行われます。
今までの100年とこれからの100年がクロスする、まさに祝祭の1年になります。
野音はたくさんの伝説が生まれた音楽の聖地。
僕も音楽少年だった頃、さまざまな野音伝説を見聞きするたび「いつかは野音のステージに立ちたい!」と思っていました。
そして、大人になって実際にそのステージに立つと、緑に囲まれ、その向こうにビル街を望むステージには、野音にしかない空気感と音楽の息遣いがありました。
曲が終わるとお客さんの拍手に混じって、鳥の鳴き声や、虫の音が聞こえてきます。
バラードの泣かせどころで、遠くでパトカーのサイレンが鳴り響いていることもあります。
さっきまで青空だったのに、急に大雨が降りはじめることもあります。
楽屋では、会話もままならないくらいに熱気のある音がステージから聞こえてきます。
いいことも、わるいこともたくさんあるのに、楽しい記憶しか残らない。それが、野音。
音楽、人、自然、街…野音は何もかもありのままに受け入れる自由な空気に溢れています。
よく「日本武道館は音が天井から降ってくる」と例えられますが、野音は「音が空の向こうに飛んでいく」そんなイメージです。「僕らはどこまででもいけるんだ!」そんな気持ちにさせてくれるステージは野音がワン・アンド・オンリーです。
この度僕亀田誠治は、そんな愛すべき、日比谷野音の100周年記念事業の実行委員長という名誉あるお役目をいただきました。勝手ながらこれは音楽の神様からの天命だと感じ、心が突き動かされました。そしてこの100周年を最高の祝祭にするために、音楽だけでなくさまざまな分野から、野音を愛する素晴らしい仲間や先輩方を実行委員としてお招きしています。今までの100年とこれからの100年をつなぐこの祝祭を、みんなの音楽愛に溢れる自由な発想と行動力で鮮やかに彩っていきたいと思います。
もちろん、ステージに立つ僕らだけでなく、野音で音楽を楽しむオーディエンスの皆さんが揃ってはじめて歴史は刻まれていきます。
野音にある自由な空気を、ここで鳴らされる尊い音楽を、ステージと客席の間に生まれるエネルギーをどんどん高めて、新しい野音伝説を作っていきましょう。さあ、みんなで一緒にお祝いです!
日比谷野音100周年記念事業
実行委員長
亀田誠治
野音(日比谷公園大音楽堂)とは
野音の通称で親しまれ「ロックの聖地」「フォークの殿堂」として広く知られている野外音楽会場です。
1923年に開設され、2度の改修を経て、現在は3代目大音楽堂として多様なジャンルのコンサートが開催されています。
100年の歴史の中では、キャロルの解散コンサート、キャンディーズの解散宣言、尾崎豊のステージ飛び降り事件など数々の伝説とも言えるライブが生まれ、多くの音楽ファンに”音楽の聖地”として認知されています。
「野音100周年想い出エピソード」へのご応募ありがとうございました。
受賞作品は野音100周年記念事業HP、X(旧Twitter)にてご紹介しますので
楽しみにお待ちください。
協賛
日比谷野音100周年記念事業実行委員会
日比谷野音100周年記念事業は、実行委員長である音楽プロデューサーの亀田誠治氏を中心に、野音に縁のあるアーティストや芸術関係者など多岐にわたるメンバーによって構成された実行委員会が開催する記念事業です。
実行委員
<五十音順 敬称略>
ロゴマークが決定しました。
空と雲、鳴り響く音楽、人々に届く感動、
全てを包み込むダイナミックで可愛らしい
この空色のロゴマークが、
野音の100年を優しく未来に繋げていく
ことでしょう。
日比谷野音100周年記念事業 実行委員長
亀田誠治